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スタッフブログを振り返って
2025年6月以降、スタッフブログでは、それぞれの日常や現場で感じたこと、日々の関わりの中で生まれた気づきが、スタッフ一人ひとりの言葉で綴られてきました。 利用者様との何気ない会話 仕事の中で立ち止まった瞬間 言葉にすることで見えてきた想い。 それぞれの記事には、日々の関わりの中で生まれた気づきや想いが、その人の言葉で丁寧に綴られていました。 2025年12月広報紙に寄せた社長の年末メッセージの中に、こんな言葉がありました 「日々のケアや支援の中で、『安心とは何か』『人のもつ可能性とは何か』を、皆さんとともに考え続けてきました。」 この半年間にブログに綴られてきた言葉の数々も、それぞれの立場で、その問いと向き合ってきた記録なのかもしれません。 2025年後半も、スタッフブログをお読みいただきありがとうございました。 来年も、現場で生まれる言葉や気づきを、この場所から少しずつお届けしていけたらと思います。 この半年間、ブログを通して言葉を届けてくれたスタッフのみなさまにも、心より感謝いたします。 どうぞ良いお年をお迎えください。 あゆみの広報/西澤
2025年12月26日
亡母と介護と続く想い
2022年に亡くなった実母は、晩年、車椅子生活を送っていました。 父と母、老老介護で過ごす日々。 父には、慣れない家事と介護で相当な負担をかけていました。 母は、思うように動かない体や、思うように動いてくれない父に苛立ちを覚え、きつい言葉を浴びせることもあったようです。 父は「くそー」と思いながらも、笑って受け止めていたと言います。 それでも母は、父に迷惑をかけられないという気持ちと、排泄介助や入浴介助をしてもらうことへの罪悪感と羞恥心を抱いていました。 お互い言えないことは、実家に寄った時や電話で聞くしかできませんでした。 そんな母は、訪問リハビリのPT(理学療法士)さんに深く信頼を寄せ、いろいろな話を聞いてもらったり、心の拠り所になっていたようです。 私がデイケアスタッフとして働くようになったのは、母が亡くなっておよそ2年後のことなので、当時は介護の経験も知識も何もありませんでした。 自宅でヘルパーさんに入浴介助をお願いしていた時も、私はシャワー浴のやり方すらわからず、レクチャーを受けた後、母の入浴介助をしたことがありました。...
2025年12月12日


言葉を大切に
実家のトイレに貼り付いている色紙があります。 片付けをしていた際、いつもトイレで何回も眺めては戒めていた色紙の言葉に、懐かしい気持ちになりました。 言葉を大切に ほんのちょっとの一言で その一言ではげまされ その一言で夢を持ち その一言で腹が立ち その一言でがっかりし その一言で泣かされる ほんのわずかな一言が 不思議に大きな力持つ ほんのちょっとの一言で 母の友達が新築祝いにくださった色紙だったような記憶があります。 もう37年も経つのかー! 私はいつもしょーもない言葉はたくさん出てきますが、大事に伝えようとすると言葉につまるし、噛んでしまうし、苦手意識があります。 ふと、この色紙のおかげで言葉を選んでうまく言えなかったんだなぁ。苦手じゃなく慎重だったのかも…と自己分析しております。 これからもうまく伝えられないかもしれないけど、言葉を大切に皆様と共に過ごしていきたいと思います。 看護師 水口 こちらは実家にあった色紙をもとに、水口さんが親友へ贈った色紙。いまも大切に残されていました。
2025年11月28日
名張にくまさん?!
訪問リハビリを担当している理学療法士の東瀬です。 今年は毎日のように熊の出没ニュースを目にします。 気候変動のせいで熊の餌が森にない、森が減って熊の生息域が足りないなど、いろいろな理由があるようです。 その中でも、山間部の高齢化が進み田畑が荒れ、熊と人の生息域の境界が曖昧になってしまっていることも大きな理由となっています。 「名張は熊出てへんよな?」 ある利用者さんがポツリとおっしゃられました。 その場では「名張はまだ熊は出てないよ〜、大丈夫〜」と笑い話になりましたが、名張も高齢化が進み、静かな街になってきていることをその利用者さんも感じているのかな?と思いました。 年齢を重ねても安心して暮らせる、活気ある街をどうしたら保っていけるのかな。 子どもたちが大人になる頃、名張はどうなっているのかな。 あまり壮大なことはできないけれど、名張を活気づけるために 『理学療法士としてできること』 『一人でも多くの利用者さんの元気を取り戻すお手伝いを、コツコツと頑張ろう。』 日常のささいな一言ですが、そう初心に戻って感じた出来事でした。
2025年11月14日


走馬灯を引き受けること
最近、重松清さんの「はるか、ブレーメン」を読みました。 走馬灯…人は皆、いつか死にます。自身に残る大切な記憶の断片が総集編の様に最期現れるといいます。自分が見たい場面も見たくない場面もそこには現れる様です。 自分の見たくない場面を切り取り編集する事ができ、それをお仕事にしているという小説の設定です。 昨年度、私達は18人の方をご自宅でお見送りさせて頂きました。 後悔のない人生なんてない。迷惑をかけない最期なんてない。きれいなきれいな想い出ばっかりの人なんて居ない。 そう、私は最近思います。 それら全てを引き受けて旅立つ事、残された者へ大切な何かを引き継ぐ事、それが人たるが故の最後の発達課題なのではないかと。 それはもしかすると走馬灯の書き換え、呼び起こし、紡ぎ直し…その様なお手伝いがとても大切なことなのではと思います。 私達は最期の発達課題を乗り越えるべく、支援者としてその側に居ますが、その荒波を乗り越えた後の静かな凪と穏やかなお顔を見ると、何故かこちらが勇気づけられます。 私達が誰も知らないその場所に立たされる事、その景色はどんな風でしょう。.
2025年10月24日


がん終末期のリハビリを経験して
こんにちは。 作業療法士の前田です。 今年の夏、がんの終末期のご利用者を2名担当させていただきました。 今までも終末期の方を担当させて頂いたことはありましたが、最期の時が近づくと、訪問看護や往診、ヘルパーの需要が高くなります。...
2025年10月10日
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